30年近く前に他界した祖父は、名古屋の家庭裁判所で非行少年が立ち直るよう尽力していたが、その後、当時の経験から数冊の本を執筆し、出版していた。
当時は子供だった私も、祖父のサイン入りの本をプレゼントしてもらったものの、子育ての本には興味をもてるはずもなく、本棚にお蔵入りしていた。
しかし自分が大人になり、結婚して、子供が生まれ、いろんなことを経験し、たまたま再びその本を本棚に見つけて読んだとき、「おじいちゃんは、こんなことを考えていたのか」と知り驚いた。
なぜなら、祖父はカウンセラーとしてはかなり立派な方だったらしいが、私の幼い頃の記憶では、「いつもニコニコして優しいけど、家のことはなんにもできない、しようもないおじいちゃん」そのものであって、まさかそんな立派なカウンセリングの先生だとは全く知らなかったからである。
子供が思春期を迎え、なにもかも親の思い通りにならない現実を親として受け入れなければならない事態になって、初めて、祖父の教えを理解するチャンスが訪れたのである。
祖父の教えには「ゆるす」ことが根本にある。「愛は裁かず」「ゆるす愛の奇跡」のタイトルどおり、どんな子でも、どんな時でも、なにがあつても、とにかく常に「ゆるすこと」が愛だという。愛があれば子供は必ず元気になる、という理論である。
子供が生まれたときには、これはどこの親も同じかもしれないが、「元気に育ってくれさえすればなにもいらない」と、本心から願っていた。それなのにいつのまにか、子供が元気で生きてくれさえすれば他にはなにもいらないという当たり前すぎる真理をどこかに置き忘れ、あれも!これも!と多大な期待とプレッシャーを子供に負わせていたようである。子供は、言葉にならない悲鳴を行動で示すもの。それで、ようやく、親として善かれと思い期待したあらゆる物事が、どれだけ子供を苦しめていたのかと気づくのだから、親とは愚かな生き物である。
結局、親にできること、親にしかできないことは、なにがあつても子供の行動を理由あるものとして受け入れ、認め、ゆるすこと、といいかえても良いのかもしれない。
祖父の教えがすごいのは、間違いなく、そうすることによって、親も子供もラクになり救われることが分かったことだ。
そういえば、祖父は、絶対に起こらない穏やかな人だった。いつもニコニコしてて、いつも孫を褒めて、おだてて、善人そのもの。でも、その心の底には「ゆるす」という強い信念があったのだと今になって知らされた訳である。祖父の深い心、孫は知らずであつた。今になって、「天国のおじいちゃん、大切なこと教えてくれてありがとうね」と感謝の日々なのである。
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